
第23章
三十七日
ウィラは、囲いの外の石の上に座っていた。
掘削地に囲いはない。あるのは石を積んだだけの低い列で、風よけにもならない。その上に座って、東を見ていた。
荷車が見えてから、立ち上がるまでに時間がかかった。
そして、走らなかった。
マーロウは荷車から降りて、十歩ほど歩いて、止まった。
ウィラが走ってこないのは、初めてだった。
三年前の秋に市場でついてきて以来、この子はいつも先に走ってくる。
『…そこで止まって』
声が硬かった。
「なんでだ」
『先に喋って』
マーロウは、その意味をすぐに理解した。
三十七日待った子どもが、確かめようとしていることは一つしかない。
マーロウは、言うことを三つ考えて、三つとも捨てた。
捨ててから、口を開いた。
「おまえ、そこ座って何日いた」
『…三十七日』
「馬鹿かよ。仕事しろ、仕事。荷役だろうが、おまえは」
ウィラの顔が、一度くしゃっとなった。
それから走ってきて、腹に頭からぶつかってきた。
マーロウは尻もちをついた。砂が舞った。
『ばかぁ! ばか! ばかばかばかばか! 三十日って書いたじゃん! 三十日って! 自分で書いたじゃん!』
「書いた」
『七日過ぎてるんだけど!? 七日!』
「もう少し待てって書いた」
『もう少しの幅がでかすぎるんだよぉ!』
殴られた。肩を。何度も。
痛くなかった。それは言わなかった。
*
ドラグは、荷車の横で書類を受け取っていた。
受け取って、読んで、それからマーロウのほうを見た。
『生きていたか』
「生きてる」
『おまえの顔をした男が来ると聞いていた。名簿でな。来月着任だと』
「来なかっただろ」
『来なかった。だから、おまえが来るまで、どっちが来たのか分からんかった』
ドラグは書類をハーランに渡した。
ハーランは、火傷のない側の目で二行読んで、そこで止まった。
『…これは、本部の印だ』
「読めよ、最後まで」
『読んでいる。読んでいるが、こういう紙を、私は九年見たことがない』
ハーランは紙を持ち上げて、明るいほうへ向けた。
『坑内作業員一名、引き上げ。日付は今日だ』
掘削地の全員が、そのとき手を止めた。十九人が一斉に止まると、音が急に減る。
『作業員は死亡しております』と、荷車の横でサイラスが言った。
「生きてる」
『はい。生きております。書類上は死亡しております。両方とも本当でございます』
*
籠を下ろしたのは、その日の夜更けだった。
牛が四頭、巻き取り機を回した。鎖が出ていく音は、十九時間続く。
ウィラは塔の下から動かなかった。三十七日座っていた石から、動く場所が変わっただけだった。
マーロウは隣に座った。
『ねぇ』
「なんだ」
『下の人、どんな人』
「おれと同じ顔だ」
『それは手紙に書いてあった。そうじゃなくて』
ウィラは膝を抱えた。
『どんな人?』
マーロウは、しばらく考えた。
「笑い方を忘れてる」
『…そっか』
「あと、同じ言葉を二回言う。九年、返事をする相手がいなかったからだ」
『…うん』
ウィラは、それから何も言わなかった。
五分ほどして、小さい声で言った。
『あたし、二回言われても平気だよ』
*
ロズリンは、塔の下に机を出して座っていた。
板ではなく、机だ。本気で長丁場に構えている。
「あんた、三十七日ここで何してた」
『書いていました』
「何をだよ。何も起きてないだろ」
『起きていません。ですので、起きていないと書きました。三十七日ぶんです』
ロズリンは紙束を持ち上げた。厚かった。
『何も起きなかった日にも、日付はあります。空欄にすると、後から誰かが埋めます。埋められると、私の帳面ではなくなります』
「…まあ、そうだな」
『それから、一つ伺ってよろしいですか』
「言え」
『荷台の箱のことです』
マーロウは足を止めた。
「箱がどうした」
『御者が、四つと言いました。一箱に海の水の筒が三十本。合わせて百二十本。一日一本で、往復百二十日ぶんだそうです』
「それが何だ」
『百二十という数が、私の知っているどの日数とも合いません。街まで往復六十二日です。倍近い』
ロズリンは眼鏡を押し上げた。
『多すぎる数字には、たいてい別の勘定が隠れています。それだけです。書いておきます』
*
日が昇り、また傾いた。
十九時間目の夕方、鎖の音が変わった。
巻き取り機が重くなったのだ。牛の足が遅くなり、御者が鞭を短く入れた。
上がってくるのに、また十九時間かかった。翌日の昼、ハーランが秤の前に立った。
掘削地の十九人と、ドラグと、ロズリンと、ウィラと、マーロウが、塔の下に集まった。サイラスだけが少し離れて立っていた。
籠が穴から出てきた。
ハーランが目盛りを読んだ。読んで、読み直した。
『百十四キロ』
九年ぶりに、四十三ではない数字が出た。
第二十三章 了
── 第23章 おわり ──