
第22章
百二十日
荷は、朝のうちに積み終わっていた。
荷車が一台。馬が二頭。御者が一人。護衛はいない。
荷台に木箱が四つ。中にガラスの筒が入っている。
マーロウは一つ開けて、数えた。三十本。四箱で百二十本。
『一日一本でございます。往きに六十日、帰りに六十日。ちょうど百二十日ぶん』とサイラスが言った。
「往きに六十日もかからないだろ。掘削地まで馬で六日だ」
『掘削地までは六日です。街まではその先でございます』
マーロウは指を折った。
掘削地まで六日。哨所まで二日。街まで二十三日。合わせて三十一日。
往復で六十二日。百二十日のうち、五十八日が余る。
「余るぞ」
『ええ。ずいぶん余ります』
「わざと多くしたのか」
『多いぶんには誰も困りません。足りないと、困る方が一人出ます』
この男の言い方は、いつも正しくて、いつも腹が立つ。
*
出る前に、もう一度あの部屋に行った。
壁は昨日と同じ壁だった。
「一つ確かめさせろ」
『どうぞ』
「坑底の男を上げるって話だ。もう出したのか、指示は」
『昨日のうちに出しました。掘削地へ届くのは六日後です』
「おれが着くのと同じ日だな」
『はい。同じ荷車で運んでいます』
マーロウは、荷台の木箱の横に、薄い紙束が一つ載っていたのを思い出した。
あれか。
九年ぶんの答えが、ガラス瓶百二十本の隣に置いてあった。
*
道は、来たときとは違った。
登ってきた穴の口を、マーロウは出発の朝に一度だけ見に行った。
手すりがあって、読めない文字が書いてある。中は暗い。棒が一万二千六百本あまりある。九百メートルのところに骨が一つと、空の筒が十一本ある。
そのうち三本は、自分が並べたやつだ。
『もう使いません』とサイラスが後ろから言った。
「なんでだ」
『使う予定がございませんので』
「九年そう言ってたな、あんたら」
『はい。九年そう申しておりました』
*
荷車は、一日に四十キロ進んだ。
歩きの三倍だ。二十三日かけて渡った荒れ地を、馬は当たり前のように削っていく。
マーロウは荷台に座って、自分が三十日かけて登った距離のことを考えた。
三千八百メートル。荷車なら二時間で走る距離だ。向きが違うだけで、三十日と二時間になる。
「一つ訊いていいか」
『どうぞ』
「あんた、なんで役人やってる」
サイラスは、手綱を握ったまま、少し考えた。この男が考えるのを見たのは初めてだった。
『父が役人でございました』
「それだけか」
『それだけでございます。つまらない答えで恐縮ですが』
「いや」
マーロウは、そのつまらなさのほうが本当だと思った。
三百四十年動いている計算機の話より、そっちのほうが飲み込めた。
*
三日目の夜、火のそばで、マーロウは筒を一本開けた。
手の甲を切って、垂らす。傷はすぐ塞がる。
サイラスは向かいでそれを見ていた。眼鏡を外していた。外すと、ただの疲れた男の顔だった。
『痛みますか』
「痛まない。それが問題だって言われてる」
『さようで』
「あんた、これを何人ぶん見た」
『十四人ぶんでございます』
「全員、籠に乗せたのか」
『四人でございます。私が着任してからは』
火の枝が崩れた。
『四人とも、何もおっしゃいませんでした。乗ってください、と申し上げると、乗られます。それだけです』
「止めようと思ったことは」
『ございます』
「やらなかったな」
『やりませんでした』
サイラスは眼鏡をかけ直した。かけると、また目だけが笑う顔に戻った。
『ケインさん。私は自分を悪人だと思っておりません。そこが厄介なところでございます』
*
六日目の昼、地平線に線が立った。
細い線だ。真っ直ぐで、周りに何もないので、余計に細く見える。
高さ六十メートルの鉄の塔だった。
マーロウは荷台の上に立ち上がった。立ち上がる必要はなかった。三キロ手前からでも、あれは見える。
『お座りください。揺れます』
「うるさい」
マーロウは座らなかった。
第二十二章 了
── 第22章 おわり ──