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挿絵

第7章

晩飯

六日目の昼、マーロウは筒を持ってヴェスタの店に行った。

荷物は門で改められる。帝国の荷に私物を紛れ込ませることはできない。持っていけないなら、置いていくしかない。

シビルに売る手もあった。売らなかった。理由は自分でもはっきりしていた。あれを売ったら、東へ行く理由が金になってしまう。

ヴェスタは筒を受け取って、灯りに透かした。中の水が動いた。

『これを預かって、わしに何の得がある』

「ない」

『正直でよろしい。いくら出す』

「十二枚。全部だ」

『足らん。が、受け取る』

ヴェスタは棚から反物を一本抜いた。太い麻布で、巻きが硬い。半分ほどほどいて、筒を真ん中に置いて、巻き直した。端を十二針で縫って閉じて、棚に戻した。同じ太さの反物が、両隣に何十本も並んでいる。

「よく思いついたな、それ」

『布は布の中に隠す。四十年やっとれば誰でも思いつくわ』

「見つかったら」

『知らんと言う。嘘にならんように、中身は聞かんことにする』

ヴェスタは根を床に吐いて、それから、見えているほうの目でマーロウを見た。

『帰ってきたら返す。帰ってこなけりゃ、わしが死ぬ日まで棚にある』

*

その晩、ニムの店で飯を食った。

誰が言い出したのでもない。ウィラが鍋を持ってきて、ガスが樽を椅子にして、ニムが店を閉めた。ヴェスタは呼んでいないのに来た。

鍋の中身は、豆と、干した肉と、根菜だった。肉は二日前の売れ残りで、ニムが値切って買ってきたものだ。そのことを三回言った。

『三割引だぞ。三割だ。わしが粘ったんだからな』

「さっきも聞いたよ」

『二回しか言っとらん』

「三回!」

ガスは左手で匙を持とうとして、三回落とした。四回目でつかんだが、口まで運ぶ途中で豆が全部こぼれた。

『くそっ』

「貸して。あたしが食べさせたげる」

『やめろ! 餓鬼じゃねえんだ!』

「餓鬼のほうがまだ上手いよ」

『言うようになったなぁお嬢ちゃん!』

ヴェスタが黙って手を伸ばして、ガスの匙を取り上げた。柄に布を巻いて、輪を作って、ガスの手首に通した。

『これで落ちん』

「…いくらだ」

『布の切れ端だ。金を取るか、こんなもんで』

ガスは匙を口まで運んだ。今度はこぼれなかった。

三口食べて、それから鼻をすすった。

『豆が目にしみるんだよ。うるせえな』

「何も言ってないでしょ」

『顔が言っとるわ』

*

ニムが古い酒を出してきた。樽の底に十年沈んでいたやつだ、と本人は言った。

ウィラが匂いを嗅いで、顔をしかめた。

「これ、腐ってない?」

『酒は腐らんわ!』

「匂いが腐ってるってばぁ」

『それが熟成というものだ。ゴブリンの舌は人間の四倍細かいんだぞ』

ヴェスタが一口飲んで、床に吐いた。

『腐っとる』

「…そんな馬鹿な」とニムが言った。

ニムが自分で飲んで、黙り込んだ。ウィラが笑い転げて、樽から落ちそうになって、ガスの膝にぶつかった。ガスが痛がって、それでまた笑った。

マーロウは壁にもたれて、それを見ていた。

この四人とは、それぞれ別々に関わってきた。四人が一つの部屋にいるのは、これが初めてだった。

*

片づけのとき、ウィラが鍋を抱えて外に出た。マーロウも皿を持って出た。

井戸端で洗った。

『マーロウ』

「なんだ」

『さっき、ニムに何て言った?』

「酒のことか」

『違う。帰り際。横を通るときに何か言ってたでしょ』

マーロウは思い出した。

「…失礼します、って言った」

ウィラの手が止まった。鍋が井戸の縁に当たって、鈍い音がした。

『マーロウ、そんな言い方しないよ』

「しないな」

『十年ニムのとこ通ってて、一回も言ったことないでしょ』

「ない」

ドラグが言った三つの兆候を、マーロウは数えた。言葉が丁寧になる。痛みを感じなくなる。命令に逆らわなくなる。

二つ来ていた。

『…痛いところ、ある?』

「ない」

『寒い?』

「寒くない」

『この水、冷たいでしょ』

マーロウは井戸水に手を入れた。

水が動いているのは分かる。指のあいだを通っていくのも分かる。冷たさだけが来ない。

「…冷たいな」

『嘘つき』

ウィラは鍋を抱えて、先に店に戻った。

*

七日目の朝は、鐘が二つ鳴る前に来た。

東門の広場に、荷車が六台並んでいた。牛が一台に二頭ずつ、全部で十二頭。

ガスが見送りに来ていた。匙に巻いた布が、まだ手首に通ったままだった。

『マーロウ。一つ頼まれてくれ』

「断る」

『聞いてから断れや!』

ガスは左手で市場のほうを指した。

『おれがシビルんとこに行って戻らなかったらな。サムの妹に、兄貴は死んだって言ってやってくれ』

「生きてるだろ」

『あれは生きてるとは言わねえよ』

ガスは笑わなかった。

『あの子は待つんだよ。待つやつは、死んだって聞くまで待つ。十年でも二十年でも待つ。おれの母親がそうだった』

「嘘をつけって言ってるのか」

『帰ってこねえもんは死んだんだ。そう言ってやらねえと、あの子が終われねえ』

マーロウは、しばらく黙っていた。

「分かった。伝える。ただし条件がある」

『何だよ』

「おまえが生きてたら、おまえが自分で言え。おれは一回しか行かない」

『…あぁ。そりゃそうだな』

ガスは残った三本の指で、マーロウの肩を叩いた。力が入っていなかった。

*

ドラグは三台目の荷車の横で名簿を見ていた。

『荷役、マーロウ・ケイン。これで二人。揃った』

「二人?」

『人手が二人足りんと言った。おまえで二人目だ』

「一人目は」

ドラグは名簿を向けた。太い指が一行上を押さえている。

荷役、ウィラ・ドーセット。十五歳。昨日の日付で判子が押してあった。

マーロウは荷車のほうを見た。四台目の車輪のところに、ウィラが座っていた。膝を抱えて、こっちを見ている。

そこまで歩いた。歩くあいだに、言うことを三つ考えて、三つとも捨てた。

「降りろ」

『やだ』

「十九日だぞ。片道でだ」

『知ってる。書類読んだもん』

「読めるようになったのか、そんなもん」

『三年前から読めるってば』

マーロウは詰まった。

「なんでだ。理由を言え」

『…昨日の晩、失礼しますって言ったでしょ』

「言った」

『あと四日で、マーロウがあたしのことウィラ様って呼ぶかもしれないんでしょ』

「呼ぶ前に降ろす」

『呼んだら降りる。それまでは降りない』

ウィラは顔を上げた。目が赤かった。声は普通だった。

『あたしね、四年前に見送ったんだよ。十一頭。全部、名前つけてたのに、見送っただけ』

「今回は違う」

『違わないよ。だから乗る』

マーロウは口を開いた。何も出てこなかった。

*

鐘が二つ鳴って、荷車が動きはじめた。

東門をくぐるとき、マーロウは振り返った。

ガスが立っている。ニムが樽の上に登って手を振っている。ヴェスタは来ていない。来ないと言っていたので、そのとおりだった。

その後ろ、人だかりの端に、背の高い猫背の男が立っていた。オットだった。

止めに来たのではない。荷車を見てもいない。門の柱に手を触れて、立っているだけだった。

『…あれ、オットだよね』

「そうだ」

『なんで止めないの。筒、渡してないのに』

「シビルはおれに東へ行ってほしいんだ。だから止めない」

『え、じゃああたしたち、あいつの言いなりってこと?』

「今のところはな。行き先が同じだからだ」

ウィラは荷車の縁を握った。

『…それ、いつまで同じなの』

「知らん。ずれたときに考える」

第七章 了

── 第7章 おわり ──

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渇き
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